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フェンシング2.0に挑む会長・太田雄貴の奮闘-スポーツ界をいかにしてアップデートするか

フェンシング2.0に挑む会長・太田雄貴の奮闘-スポーツ界をいかにしてアップデートするか
世界選手権金メダリストの太田雄貴氏が会長を務める日本フェンシング協会は10月31日まで副業・兼業限定の戦略プロデューサーを公募している(撮影:今井康一)

「1000円で売っていた商品を5500円で売るために、どういう付加価値をつけていかなきゃいけないかを考えました。そして、東京グローブ座につながっていくわけですよ」

今年9月3日、第71回全日本フェンシング選手権大会(12月9日開催)のチケット(S席5500円、A席4000円、B席2500円。昨年は観戦料1000円)が完売したという情報が、日本フェンシング協会のHPで発表された。

全体の70%が発売初日に売れ、発売開始から40時間後にはすべてのチケットが完売したという。

これまで、フェンシングのようなマイナースポーツのチケットが即完売したという例は、あまり聞いたことがない。それだけに、驚いたスポーツ関係者やスポーツファンも多かったことだろう。

なぜ、今年の全日本選手権のチケットは完売したのだろうか。今夏のアジア競技大会での日本人フェンサーたちの大活躍が、チケット販売に好影響を与えたのは間違いないが、それだけではない理由があった。

フェンシング改革元年

2017年8月、日本フェンシング協会は、北京オリンピック銀メダリストの太田雄貴氏(以下、太田)を会長に据え、2020年の東京オリンピックに向けて体制を一新するとともに、大改革を進めてきた。

今年8月のアジア大会でフェンシング女子フルーレ団体は金メダルを獲得した。出場した宮脇花綸選手(右)(写真:松尾/アフロスポーツ)

就任したばかりの太田にとって、主要国内大会の1つである全日本選手権のテコ入れは、腕の見せどころだった。

アスリート出身の太田は、オーディエンス・ファースト(観客第一)だけでなく、「お客さんが満員の会場で結果を出すこと」をアスリート・ファースト(選手第一)と定義。

その2軸を掛け合わせながら、集客できる競技・稼げる競技への転換を目指すと公言した。

会場を満員にするために、競技のエンターテインメント性を高めることが必須と考えた太田は、昨年の全日本選手権でLED(発光ダイオード)を用いて、どちらにポイントがついたのかをわかりやすく表示する演出をしたり、観客が場内ラジオで競技解説を聴けるようにするなど、20以上もの施策を実施した。結果、決勝戦で1600人もの観客を集めることができた。

観客動員数300人だった2016年度の全日本選手権からすると、前年比で500%以上という驚異の集客増につながったのだ。

太田が取り組んだ新施策の中で、中核になったのは「全種目の決勝戦を最終日に集約して行う」ことだった。

最もコンテンツ価値の高い決勝戦を1日に集約したことで、決勝戦の集客効果は一気に高まったのだ。

集客成功のウラ側にあった努力の成果と見えた課題

この成功のウラには、地道な努力もあった。

「去年は、とにかく集客。まずは、来てもらえないことには何も始まらないですからね。手売りですよ。僕の信頼する20人に“飯を食おう”って言って集まってもらい、全員に10~20枚のチケットを渡して、“これを売ってきて”って」

全日本選手権での集客の舞台裏を語った太田雄貴氏(撮影:今井康一)

あまりにも古典的で手間のかかる手法だが、王道とも言える「手売り」を使って集客を図ることにした太田は、20人のフェンシング出身者や関係者に、オピニオンリーダー(マーケティング用語で、消費者の行動に大きな影響力を持つ人物のこと)としての役割を託した。

その結果、太田から依頼を受けた人たちは、自らが起点となり、仲間たちとコミュニティを作って全日本選手権に来場してくれた。ハブとなったフェンシング関係者は、仲間たちに対して、フェンシングの解説をして楽しませ、責任者である太田は来場者たちとの写真撮影やサインに応じ、来場者の満足度を高めることに精を出した。

こうした地道な活動は、大会終了後のアンケート結果に表れた。“ルールはわからないけれど、面白かった”という意見が7〜8割を占めたのだ。伸びしろがあることはわかった。あとは、それをどこまで伸ばしていけるかという次の課題をみつけ出すことに成功した。

今年8月に就任2年目を迎えた太田は、昨年に続いて全日本選手権での集客に挑んだ。ポスター制作には、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の理事にも名を連ねる映画監督・写真家の蜷川実花氏を起用し、世間の関心をフェンシングに集めることに成功。

さらに、昨年のアンケートで伸びしろとして期待された観戦価値の向上という課題にも着手した。

太田が出した答えは、東京グローブ座で全日本選手権を行うことだった。

東京グローブ座は、ロンドンのグローブ座の構造を参考に設計され、中央の舞台を円筒状の客席で囲むような造りで、主に舞台公演で使われる。

太田が東京グローブ座を選んだ2つの理由

太田がこの会場を選んだのには主に2つの理由があった。1つは、700人という小さなキャパシティだ。これによりフェンシングファンには、“今年の全日本選手権はチケットが取れないかもしれない”という心理も生まれた。昨年の入場者数が1600人のため、今年のチケット倍率は単純計算しても2倍以上と推測される。

もう1つの狙いが、スポーツをエンターテインメント化することによる、客単価の向上と非日常体験の提供だ。

常識的に考えれば、昨年まで1000円だったチケットを倍以上の価格に変更するのは、公演の内容に大きな変化がない限り、ファンは納得しないだろう。

太田は自らの意図をこのように述べる。

いかにエンターテインメント性を高めるかを語った太田会長(撮影:今井康一)

「どこかでブレークスルーさせたいと思っていました。普段、コンサートや劇団四季のようなミュージカルを観に行く人は、1万円を支払うことに対して、抵抗はないわけです。

そこに1万円の価値があると感じているから。

一方で、スポーツとなると、どうしても受益者負担がない世界になってしまう。1000円では僕らはいつまで経っても収益化できない。

だから、スポーツとしてのフェンシングからアート・芸術の世界に進化させたかったというのがあります。同じスポーツの土俵では勝てないなら、早めにこっち(アート・芸術)にもっていくというのが、ポイントだと思っています」

スポーツという公共性がゆえに、消費者に負担を求められないという現状に疑問を持った太田は、スポーツをエンターテインメント化して、興行としての収益性を高めることを狙った。たとえば、体育館のような公共施設では、音響や照明に制約があったり、飲食が禁止だったりと、観客がエンターテインメントを楽しむことを念頭においた設計はされていないことが多い。

 

太田会長のスーツの胸元のブローチはフェンシングの剣だった(撮影:今井康一)

その足かせを取り払い、東京グローブ座の持つポテンシャルを最大限に発揮し、エンターテインメント性という付加価値をつけることで、値上げした価格に見合う価値を提供しようという狙いだったのだ。

かくして、マイナースポーツの観戦チケットとしては、前代未聞の価格設定にもかかわらず完売した。

そのウラには、昨年から取り組んできた太田の緻密な戦略があったといえよう。もちろん、昨年に比べれば観客動員数は半分以下だ。しかし客単価は大きく向上させることができたのだ。

「何より、上限を5500円にしても完売するということを、僕らフェンシング関係者の人たちは実感する必要がありました」

改革本番に向けて
太田は、日本フェンシング協会のビジョンを「フェンシングの先を、感動の先を生む。」と掲げ、フェンシングを取り巻くすべての人々に感動体験を提供し、フェンシングとかかわることに誇りを持つ選手を輩出し続けることを目指している。

そして、「フェンシング協会登録者数を5万人に増やす」「2020年の東京五輪・パラ大会を成功させること、メダルを目指すことだけでなく、その後の日本社会にフェンシングを根付かせる」「財政基盤の安定」などの目標を挙げる。

その中には、「フルーレ」「エペ」「サーブル」という種目に加えて、新種目を設ける提案を日本から発信するなど、フェンシングそのものを作り変えるような、大胆な取り組みも構想中だ。

つまり、今回紹介した、全日本選手権での太田の挑戦は、あくまでも、日本フェンシング協会が掲げる改革の一例でしかない。

これまで、日本のスポーツ界は、勝利至上主義とともに歩んできた歴史があった。オリンピックに勝つことを目的にすれば、国からの補助金がもらえて、その補助金が競技団体の活動を支えた。

各団体は、自らの競技存続のためにも強化を進めてきたが、人材が不足している競技団体は、強化以外に資源を割くことはできなかった。スポーツ界全体がそのような構造になっているのだ。

太田は、この考えでは、2020年以降確実に成り立たなくなると、昨今のスポーツ界全体の問題を指摘する。

最近のスポーツ界の騒動についても指摘した太田会長(撮影:今井康一)

「今年、世の中を賑わせてしまったスポーツ団体の問題というのは、強化一辺倒の組織にこそ起こる問題だったと思う。

協会というのは、本来、強化本部を持ちながらも、マーケティングや、マネージメント、ガバナンス、ダイバーシティなどを推進する役割があるはず。

あくまで活動の1つとして強化があって、日本フェンシング協会としては、強化がいちばんではないということ」

協会には、その競技団体がどこを目指していくのかを決め、皆の進むべき場所へ導く役割がある。その役割を果たすべく、日本フェンシング協会は現在、ビズリーチのHPで、副業・兼業限定で、ビジネスプロフェッショナルな人材を募集している。

ベンチャースポーツとして再生していく意思

スポーツ界は人材不足と言われて久しい。だが、スポーツ界にかかわりたい、スポーツ界に貢献したいという学生やビジネスパーソンは、実はたくさんいる。この矛盾についても、太田は指摘する。

「推測ですが、優秀なビジネス人材を受け入れきれないんですよ。だから優秀な人たちは協会に見切りをつけて、またビジネスの世界に戻ってしまう。この前も、フェンシング経験者の方で、大手企業の役員の方が2人いたんですよ。

だから、言いました。“なんで今まで黙ってたんですか。何ですか、その隠れフェンサーみたいなのは!(笑)”って」

このエピソードは、多くのスポーツ競技団体は、優秀なビジネス人材を受け入れる準備ができていないことを示している。そして、ビジネスパーソン側もスポーツ界に自分が受け入れられないということを知っているのだ。

それでもフェンシング協会は、改革を加速させるために、協会トップ自らが、人材を求めた。

そして、意思決定とその執行に組み込むポジションを用意したことは、マイナースポーツ競技団体の施策としては、画期的なことではないだろうか。

取材中、太田は、フェンシングのことを、「ベンチャースポーツ」と表現していた。

この言葉は、2020年のその先の未来へ向けて、フェンシング界が機動力を持って進んでいくことを示唆する言葉だ。

「もう1回再生していく。使えるものは全部使って、フェンシングという競技をアップデートしていきたい。改革を成功させて、スポーツ界のロールモデルになっていきたい」

トップが変われば、スポーツ競技団体はこんなにも変わる。この取り組みを推し進めた先に、日本スポーツ界の明るい未来が見え隠れする。

今後も、太田雄貴の動向からますます目が離せなくなってきた。

(文中一部敬称略)

太田雄貴(おおた・ゆうき)/国際フェンシング連盟理事、公益社団法人日本フェンシング協会会長。1985年生まれ。同志社大学出身。2015年、フェンシング世界選手権で個人金メダル獲得をはじめ、北京五輪(2008)でも銀メダルを獲得。2017年8月日本フェンシング協会会長に就任(撮影:今井康一)

出典:東洋経済

その太田さんがけん引するフェンシング競技から、アスカツの姉妹サイト『Find-FC』に、女子フルーレの狩野愛巳選手と女子サーブルの日本代表の脇田樹魅選手が登録されてます。

狩野 愛巳(フェンシング)

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