3人制バスケットボール「3×3」に転向し、2020年の五輪出場を狙う
バスケットボール一家に生まれ、幼い頃から自然と“バスケ大好き少女”になった根岸夢。高校時代にはU-16アジア選手権2位、U-17世界選手権5位となり、早稲田大学に進学後は全日本インカレで優勝し、優秀選手賞を受賞。2015年度ユニバーシアード日本代表にも選出された。そんな根岸だが、2018年、3人制のバスケットボール「3×3(スリー・バイ・スリー)」に転向した。
「先輩からたまたま声をかけられて、試合に参加したのがきっかけです」と笑って話す根岸だが、五輪の正式種目となった「3×3」で2020年の出場を狙っている。
目標達成のたびに“バーンアウト”を経験。バスケとの関わり方を模索
ミニバスをしていた小学生時代の根岸は「バスケは大好きでしたが、『日本代表や世界』を目指すと考えたことがなかった」という。ただただ、大好きなバスケを毎日していただけ。入学した私立中学校はバスケットボールの名門だったが、「そのことも初めは知らなかったくらい」だったそうだ。しかし、本来持ち合わせた素質は、本人の日々の努力の積み重ねと仲間同士との切磋琢磨で、中学・高校時代に大きく開花。U-16アジア選手権、U-17世界選手権の日本代表に選ばれるまでになる。だが、将来を期待される選手に育つにつれ、結果を出せば出すほど、心の中に黒雲のような不安が蓄積していった。
「大会があるたび、当然のことながらチームの目標が立てられます。目標は、選手のモチベーションにもつながりますし、チームの心を一つにするシンボルにもなる。だから、目標を立てること自体は悪いことではないのですが……。私の場合、その目標が達成されると毎回“バーンアウト“してしまって、やる気もモチベーションも保てなくなるんです。自分を立て直すのに時間がかかるのですが、そんな時間もなく、また次の大会に向けて練習三昧の日々。自分で考えて行動することができなくなりそうで、それが苦しかった」
根岸は、自分自身が納得できる旗印がないと、バスケットボールに向かう原動力がすり減ってしまうのだろう。「バスケが大好き」という純粋な思いが強くあるからこそ、その傾向は強かったのかもしれない。高校在学中、日本の女子トップクラスによって行われる「Wリーグ」でプレーする実業団からの誘いを受けたが、それを断った。大学に進学をしたのは「バスケ以外の人と関わって、人として視野を広げたかったから」と冷静に考えてのことだった。
大好きなバスケの普及と仲間が輝ける舞台創出のため。もっと影響力のある人間に
大学卒業後は、関東女子実業団2部リーグでプレーする実業団に所属。平日は通常勤務に従事しながら、週末に練習する日々を過ごした。所属チームの1部昇格は果たせなかったものの、根岸は2部の選手から唯一、関東実業団・関東大学オールスターゲームに2年連続で選出されている。
そして、「人が足りないから」と助っ人を請われて「3×3」の大会に出場したことをきっかけに、実業団を辞め3×3のチーム「湘南サンズ」へ。今年2018年、「3×3.EXE TOURNAMENT Final(全国大会)」で早くも優勝を獲得した。
今では、5人制のバスケットボール(5on5)との違いや難しさに魅力を感じているという。
「コート面積が半分以下のため、『チームがゴールした直後に、敵チームがワンパスで速攻ゴールを決める』なんていう『5on5』ではありえないことも頻繁に起きます。とにかくスピードが重視され、戦略の立て方も変わってきますし、試合中には一息つくヒマもありません。『5on5』と違う意味でハードですね」
また、大会ではポップな音楽が流れ演出にも工夫が施されるなど、エンターテイメント色が濃いのも「3×3」ならではの醍醐味だそうだが、生活の中に根ざしながら進化を遂げてきたストリートスポーツが前身であるゆえのことだろう。
そんな「3×3」は、日本では「5on5」のように五輪選考会がなく、転向したての選手でも実力があれば日本代表になれる可能性がある。根岸は、その切符を掴むことを視野に入れてはいるが、「根岸夢」という選手の栄光を望んでいるわけではない。
「前から『夢の課題は、欲がなさすぎること』と周囲に言われてしまうほど、選手としての欲はないんです(笑)。だから、自分が優勝して目立ちたいとか思わない。でも、バスケの楽しさをもっと多くの人に知ってもらいたい気持ちは、とても強くあって。それから、バスケで活躍したいと願っている選手はたくさんいますが、日本ではまだまだ活躍の場が少ないのが現状です。そういう仲間たちが輝ける舞台を創っていきたいんです。そのためには、私自身が今よりも影響力のある存在になって、思いを伝えていくことが大事なのかなと思っています。次の五輪は、その最大のチャンス。『5on5』では出場チャンスはありませんが、『3×3』の可能性は未知です。そこに賭けてみたい」
根岸の心の中には、自らが掲げた「大好きなバスケの普及と仲間が輝く舞台の創出」という大きな目的がある。そのためなら、彼女本来の原動力が湧き上がることだろう。
スポーツが日常の中に溶け込む。そんな理想の社会を目指して
2018年9月からニュージーランドに留学する根岸。現地では、トップリーグで1位の成績を収めるクラブチームから入団許可が降りている。ニュージーランドは「FIBA 3×3 アジアカップ2018」女子の部で優勝するほどの強豪国。ちなみに、同大会での日本の成績は4位だ。根岸にとって大きなチャンスといえる。
「ニュージーランドでは、海外の人脈が作れるのも楽しみ。バスケをすることも大切ですが、人脈を広げることにも積極的に取り組みたい。何をするにも人とのつながりが大事。バスケだけに偏らないつながりが、今後の人生にとってプラスになるでしょうから」
選手としての成長も念頭に置いているが、やはり彼女が理想とする社会を創るための布石として、今回の留学を捉えているようだ。
「バスケに限らずですが、ニュージーランドはもちろんのこと、海外ではスポーツが日常の中に溶け込んでいます。子どもからご高齢の方まで自分のスタンスでスポーツと付き合っていますし、スポーツする場所が社交の場となり、そこを拠点に地元のコミュニティが形成されています。『日本もそういう社会になればいいな』って純粋に思うんです。スポーツが一部の人間のものだけに留まらず、誰もが気軽に楽しめる環境と文化を日本に創っていきたい。まずは五輪出場を目指し、その後、どう具体的に行動していくか考えていきたいですね」
取材日は、偶然にも小学生たちにバスケットボールを指導する日でもあった。子どもたちと一緒になってバスケットボールをする根岸は、終始笑顔が絶えず、心からその時間を満喫しているように見えた。「好きなことをやらせてもらえる私はとっても幸せ。だから、もっと人に尽くして周囲を笑顔にしたいし、バスケの楽しさを伝えたい」と語る根岸夢。ナチュラルでふわっとした印象の“彼女らしい”活躍を応援したい。
文=佐藤美の
[プロフィール]
根岸夢(ねぎし・ゆめ)
1993年生まれ、群馬県出身。両親の影響で小学1年生からバスケットボールを始め、大学4年生まで体育会で競技に取り組む。卒業後は一般企業に就職し、バスケットボールはサークルにて活動。先輩からの誘いで2018年3月より「3×3」チームの湘南サンズに所属。2018年4月には全国大会優勝を果たし、現在は東京五輪出場を目指して活動している。
[筆者プロフィール]
佐藤美の(さとう・みの)͡
コトハ合同会社 代表。
取材執筆、校正校閲リライト、写真撮影。日本大学理工学部建築学科卒業。
数寄屋建築工務店、健康食品会社を経て、校正者に。
IRコンサルティング会社・印刷会社・カード会社などで校正・校閲・編集業務に携わる。
同時並行で、経営者・起業家・個人事業主のHPサイト文言や、セミナー資料などを添削・執筆・監修。
現在、デザイナー、セミナー講師、写真家、庭師、治療院、宝石店など様々な業種の経営者・個人事業主のコンサルティングを兼ねた文章制作・執筆・校正校閲に携わる。
【HP】http://cotono-ha.com