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逆境を乗り越えパリパラリンピックを目指す、車いすフェンシング・河合紫乃選手の魅力に迫る

逆境を乗り越えパリパラリンピックを目指す、車いすフェンシング・河合紫乃選手の魅力に迫る

こんにちは、バーティカルランナー、階段坊主こと矢島昭輝です。

本日のアスリートインタビューは車いすフェンシングの河合紫乃選手。
先日9月20日には自らの足のみで東京タワー600段を44分で登りきるという偉業を成し遂げました。
今回はそんな彼女の強さの秘訣と魅力に迫ります。

自己紹介~車いすフェンシングとは~

―――おはようございます。何度もお話していますが、こうしてインタビューという形で話すのは初めてですね。よろしくお願いします。まずは簡単に自己紹介と競技説明をお願いします。

よろしくお願いします。車いすフェンシングをしている河合紫乃です。2018年から車いすフェンシングを始め、2019年には競技を初めて1年で日本代表に選出され世界選手権とW杯にも出場しました。今は2024に開催されるパリパラリンピック出場に向けて日々練習に励んでいます。
車いすフェンシングは健常者のフェンシングと違い、下半身に障がいがあるため車いすを固定して行います。
そのため2人の選手の間の距離が定まっていて上半身の動きのみで相手と闘います。

―――お互いの距離が決まっていてその場所から動けないとなると、一瞬の攻防がとても激しくなると思うのですがどうでしょう。

その通りです。初めて見る方には何が起きているのか分からないくらい動きが速いです。その速さの中で、突いたり、体をのけぞらせて相手の剣を避けたりする事がとても戦略性に富んでいるんです。それに、至近距離で突き合うため、正確に剣を操るテクニックだけではなく、高い集中力や精神力が必要です。瞬きをする間に勝負が決まる事もあるため、文字通り一瞬の隙も許されないダイナミックかつ繊細な所が車いすフェンシングの魅力です。

元々はバドミントン選手~小学生から実業団まで無双状態~

―――今は車いすフェンシングをされていますが、健常だった頃はどのような競技を経験してきたのでしょうか。

ドッジボールや水泳などにも触れましたが、小学二年生の時に始めたバドミントンが一番熱中したスポーツです。小学四年生の頃にはどの大会でも優勝が当たり前というレベルになっており、プレッシャーはありましたが負けず嫌いの性格なのでとてもやりがいを感じていました。高校はオファーをもらい入学、全国一の練習量でバドミントンが生活の中心にあるバドミントン漬けの生活でした。大学もオファーをもらい入学。団体で全国優勝を二回、その後社会人になり、S/Jリーガーとして活躍していました。

―――スポーツ詰めの生活だったようですが、バドミントンが嫌にはなったりはしなかったですか?

小学校、中学校の頃は単純に強くなることが楽しかったのでよかったのですが、高校に入ってからは徐々にバドミントンが嫌になってしまう日はありました。心の変化ですかね。でも、推薦で入学している自分がバドミントンをやめてしまったら何も残らないと思い、毎日必死に食らいついていました。その甲斐もあり、大学時代には全国優勝を二回しました。

―――優勝尽くしですね。順風満帆な生活だったように見えますが、実際にはどうだったのでしょう。

「学生日本一」を取りましたが、この頃から足の不調がありました。実は大学一年生の頃に右股関節の手術を受け、大学の半分は練習が出来ない状態でした。
足の不調によるストレスはありましたが、この時はまだ将来自分の足が動かなくなるとは微塵も思っていませんでした。

社会人になり手術の後遺症と難病が発症~左足の自由を失う~

大学卒業後は実業団に入り、S/Jリーガーとして活動を始めました。そこで結果が出始めたころ、股関節の怪我でまたも5回手術を受けました。しかし、その結果手術の後遺症で神経損傷と難病が発症し、自分で歩く事が出来なくなったんです。
左下肢不全麻痺となりました。

―――具体的にはどういった症状になるのでしょうか。

足の感覚が全くないところやにぶいところがあり、温度もよく分からない、自分で動かせない、思ったように動かせないなどが症状としてあります。また、後遺症により様々な合併症の症状も毎日出てきます。
当時は治療として2年間も入退院と手術を繰り返しました。しかしそれでも効果はなく、リハビリをどれだけ頑張っても症状が改善しなかったことは容易に私の心を蝕んでいきました。治療が行き詰まった挙句の果てには、医師から「歩けないのではなく歩かないだけ」と精神病扱いされてしまったんです。

(誰にも私の事は理解されないのではないか…)

真っ暗闇の世界にただ一人孤独でいるように私の心はとても苦しかった事が思い出されます。

長い闘病生活~体重は30kg台まで激減~

―――とてもつらい闘病生活だったのですね。

車いす生活となってからは実業団のチームは辞めざるをえなくなり、スポーツをすることは諦めました。気を紛らわすかのように色々なことを始めましたが、子どものころからスポーツ一色であったからか、ふとある毎にスポーツの事が頭をよぎりました。
車いす生活であってもスポーツへの情熱というものが残っている自分に気が付きました。
しかし、その情熱とは相反し身体は動かない。
一日のほとんどをベッドの上で過ごし「なんで生きているんだろう」と思ったこともありました。とてもとてもつらい日々でした。
しかし、私の心は腐りきる事はなく、(この後遺症と難病を絶対に乗り越えてやる!)と思えるようになっていました。
どこまでいっても私は負けず嫌いが持ち前だったみたいです。
一つでも何かを変える事から始めようと思い、一人暮らしを始めたり、仕事を始めたり、車いすフェンシングを始めたりしました。

車いすフェンシングとの出会い~パラリンピックに出る決意~

―――車いす生活になり、スポーツからも遠のいてしまった河合選手。車いすフェンシングで世界を目指す決定打はなんだったのでしょうか。

病院にお見舞いに来てくれたバドミントン元日本代表の田中志穂選手からの言葉です。
「一緒にオリパラに出よう。」
大学時代の後輩であった彼女は私にそう力強く言ってくれたんです。
「一緒にオリパラに出る」とはつまり「私はオリンピックに出るから、紫乃はパラリンピックに出てね。」という意味です。
「紫乃にはまだ世界に羽ばたける力が残ってる。だからもう一度一緒に頑張ろう!」
田中志穂選手は私をそう鼓舞してくれたのです。
田中選手が活躍していたことは知っていたので、自分らしく生きるためにもスポーツを一生懸命にして世界を目指そうと思いました。

―――疑問に思ったのですが、元々バドミントンをしていたので、車いすバドミントンをしようとは思わなかったのでしょうか。

それも思ったのですが健常だった時の感覚が返って邪魔になるので選択肢から外しました。過去の自分と今の自分を葛藤もあるからやめました。今の自分の状態を見て、最短で世界の舞台に立つために自分には何の競技が一番向いているかを考えたところ車いすフェンシングに辿り着いたんです。

―――自分のやりたい競技をやるのではなく、あくまで成績ベースで競技を選ぶ辺り、やはり河合選手は根っからのアスリートですね。

現在の活動~障がいに対する前向きな気持ち~

―――今後の目標はズバリなんでしょう。

2024年のパリパラリンピックでメダルを獲ることになります。現在、パリパラリンピック向けて味の素ナショナルトレーニングセンターにて日々練習に励んでいますが、私は自分からフェンシングを取ったら何も残らないと思っています。フェンシングで結果を残す事こそが自分の今までの人生の証明であり、これまで私を支えてくれた方々への恩返しだと思っています。

―――強い気持ちを感じます。

負けず嫌いですからね。でも、もちろん弱い所もあります。昔より心の整理はできていますが、障がいがあることを「障がい者になってしまった」と思っている節が少なからずあります。
しかし、いつかは車いすフェンシングで世界を獲れば、心の底から「障がい者になってよかった」と思えるようになれたらと思います。時間は掛かりますけどね。

―――障がいをもってよかったとは中々言えない事だと思います。

今でも障がいを持ったことに対してプラスに思える事はあるんです。この身体だからこそ出来る事、伝えられる事があるわけですからね。
健常の時には絶対に考えもしなかった事にも挑戦しましたし、障がいを持った事で出会えた素敵な人たちも沢山います。
嫌な事も沢山ありますが、障がいとは上手く付き合っていけたらと思っています。

―――私もその強い気持ちを見習いたいと思います。

最後に皆さんに伝えたいことはありますか。
思い通りに動かない身体ではありますが、スポーツに対する熱い気持ちは誰にも負けません。パリパラリンピックを目指すと同時にこれからも沢山の挑戦をしていきますので、これからも応援のほどよろしくお願いします!

河合紫乃選手の魅力~周りに笑顔と元気を与える立役者~

常に元気と笑顔に溢れる河合選手。彼女の強さの秘訣は特別な練習でもなく、特別な食事でもなく、「自分はアスリートである。」という確固たる強い意志によるものだと強く感じました。絶対に負けるものかという精神が根にあるからこそ、障がいとも正面から向き合っていけるのだろうと思います。
インタビューの中では「自分からフェンシングを取ったら何も残らない。」という言葉がありましたが、そんなことはないと私は思います。
私は河合選手の東京タワー600段チャレンジを間近で見て涙を流した一人です。
私だけではなく、彼女の頑張りや日々の前向きな発信に心を動かされている人は沢山いる事でしょう。


「河合紫乃」という一個人が如何に多くの人たちの心を動かしうるか。
トレーニング風景やフェンシングの成績だけではない。彼女自身に魅力が多く詰まっているからこそ、心が動かされるのだという事をここに強く書き記し、インタビュー記事とさせて頂きます。
フェンシング業界だけにとどまらない彼女の飛躍。次はどんな感動を魅せてくれるのか、今後の河合選手の発信を皆さまと共に私も待つことに致します

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