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北京五輪で優勝を目指すスキージャンプの永峯寿樹選手インタビュー

北京五輪で優勝を目指すスキージャンプの永峯寿樹選手インタビュー

北京五輪で活躍するオリンピック選手を目指し日々練習をしている永峰寿樹選手にインタビューしてきました。困難を乗り越えながらもオリンピック選手を目指すに至った永峰寿樹選手のストーリーです。

永峯寿樹選手の自己紹介


1997年長野県木島平村出身。村には木島平村スキー場もあり、幼少期から雪に触れる機会が多かった。スキー自体は幼少の頃からやったことはあったが、スキージャンプを始めたのは、小学校4年生からだ。現在は、東京にある明治大学に通いながらスキージャンプの技術をさらに磨くべく練習に力を入れている。

スキージャンプを始めたきっかけ

13つ年が離れた実の兄がもともとスキージャンプを行なっており、当時兄のコーチであった方から誘いを受け、小学4年生のときにスキージャンプに挑戦してみたのがはじまりだ。ちょうどその頃野球を習っていたのだが、グラウンドを走ったりするトレーニングに嫌気がさし、野球をやめたいと思っていた矢先のスキージャンプとの出会いだった。

「スキージャンプなら走らなくて済む!」と小学4年生ながらに思い、それをきっかけにスキージャンプに力を注ぐようになった。また、小学校1年生の頃から、アルペンスキーやクロスカントリーなどのスノー競技には触れたことがあったが、スノー競技が特別好きだったわけでも、特別楽しいと思ったこともなかったのだ。

野球より辛かったノルディック複合の練習

スキージャンプが得意で競技を始めたのだが、スキージャンプとクロスカントリーの両方の点数で競う「ノルディック複合」をやることになった。しかし待っていたのは辛い練習。特にクロスカントリーは雪の上をスキー板で走るので、野球の練習よりもはるかに辛かった。

中学に上がってもノルディック複合は選手として続行したが、中学2年生までは大会で負けても、いい結果が出なくても「悔しい」と思うことすらなかった。

中学3年生で味わった「悔しさ」そして涙


「野球よりは楽」と小学4年生で競技を始めて以来、苦手なクロスカントリー種目に悩まされ、思うような結果がでなかった。それでも悔しいという感情が芽生えることはなかった。

中学3年生の時の全国大会。このときに初めて「大会で負けて悔しい」と強く思い、悔し泣きしたのだ。当時、長野県のライバルであり切磋琢磨していた仲間でもある山本涼太選手(現早稲田大学ノルディック競技主将)と傳田英郁選手(現早稲田大学スキー部)の2人の存在が大きかった。

優勝できるだろうと鷹を括っていたその全国大会で、そのライバル2人に負け、3位という結果に終わってしまったのだ。ジャンプ種目では1本目が一位、2本目は山本選手に続き2位、そして1位という有利な状態で迎えたクロスカントリー種目であったものの、なんとゴール直前に転倒してしまい、その瞬間に山本選手と傳田選手に抜かれてしまった。

結果は3位ーー。このときに初めて悔しいという感情が溢れ出し、それとともにノルディック複合という競技に対し火がついたのを感じた。

ようやく入った「やる気スイッチ」


その全国大会を機に、もっと強くなりたいと火がつき、今までとは比べ物にならないくらい練習を真面目に行うようになった。

これまで、クロスカントリー種目の練習は「疲れる」という理由でなかなか乗り気にはならなかったのだが、全国大会での負けをきっかけに「辛い、疲れる」とは思わなくなった。また、夏のシーズンはクロスカントリーのトレーニングとして走ることが多いが、そのようなトレーニングも自分から進んで行うようになった。

それから、翌年の高校1年生からは、ノルディック複合の全日本のナショナルチームに選出されたり、全国高校選抜大会で1位になるなど、目に見えて結果が変わった。高校2年生になると、日本から2人しか選出されない、「コンチネンタルカップ」と呼ばれるW杯の次に大きな大会のメンバーに選ばれた。

狂い始めた得意なジャンプ種目

やる気スイッチが入ってからは、ノルディック複合でも好成績を残しているかに見えたが、実は大学に入った頃から、体に異変が起こったのを薄々感じていた。

「得意だったスキージャンプが狂い始めた」

苦手なクロスカントリー種目に力を入れようと、クロスカントリー用の筋トレやその他トレーニングを重ねた結果、急な体格の変化のせいで、得意なスキージャンプでうまく跳べていた時の感覚とはずれ始めたのだ。

また、大学1年生のときのW杯では、ノルディック複合でジャンプ種目では1位となったものの、クロスカントリー種目では21位と思わしくない結果に。クロスカントリーに力を注いで練習してきたものの、やはり自分が戦えるのは「ジャンプ」と思い始めた。

平昌五輪でのノルディック複合競技を間近でみた衝撃

大学3年生のときに、平昌五輪でテストジャンプという役に選ばれ、実際に現地に赴いた。その時に、生でノルディック複合競技を見た時に、「ノルディック複合では勝てない」とふと思った。自分のこれまでの練習内容や大会成績から考えて、今どれだけ頑張っても他の選手に勝てない。日本で好成績を残している渡部暁人選手でも五輪5位に終わったのだ。

しかし、それと同時に「スキージャンプでなら勝てる」とも確信した。これが、ついにスキージャンプ一本で戦うと決めるに至った大きなきっかけとなった。

実はこれまでも、スキージャンプに転向しようか幾度も迷っていた。しかし、スキージャンプに転向するということは、これまでノルディック複合選手として積み上げてきた大会成績やナショナルチームとしての実績を捨てることにもなる。そんな現実もあり、なかなか思い切ることができなかったのだ。

スキージャンプに転向してから


スキージャンプの選手として北京五輪を目指すには、まずは全日本チームに選ばれなければいけない。そのためには、W杯で30位以内に入ることが必須。またそのW杯に出場するには、下位大会で好成績を残しポイントを稼ぐ必要がある。

大学4年の春からは、そのポイントを稼ぐために、実費でルーマニアの大会に出場したりと自らの力でその夢を叶えるために努力している。

現在は、大学卒業後の進路を模索しながらも、ポイントを順調にクリアしていき、五輪出場も見えてきたところだ。

これからの目標

「北京五輪で優勝。」

体格の変化や種目の転向などに苦しみながらも、ようやく見えてきたゴールが「スキージャンプの選手として北京五輪に出場し優勝する」という目標だ。

これを必ず叶えるべく、練習に力を入れる毎日を送っている。

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